2010年01月05日

新年あけました

おめでたいかたもそうでなかったかたも、まずは新年のご挨拶ということで。

今年は義母がこっちだったので(はぁ・・・)10年振りに正月をウチの実家ですごしました。あーこの味だったなぁと御節をつつきつつ、ほっとしてきました。

年末に「お前らいーかげんにせぇ!ドコまで甘え倒す気や!」と大喧嘩した甲斐があったのか、どうにか義母は向こうへ帰る気になったようです。
義父とはうまくいくことはもうないでしょうけども、たまに「お客さん」として来るぐらいは別にね、どうこういうことはないんで、ウチで夫のヒトに好きなだけ愚痴るが良いよ。

やれやれ。

それにしても。

ワタシが気兼ねしないワケないし遠慮もしてないワケないでしょうが!

全く気づかなかったって・・・どんな神経してんだ?あのヒトたち。
しかも、売り言葉に買い言葉とはいえ
「アンタがストレスなんかたまるわけないわ!そんなポンポンポンポン言うんやもの。そんな性格でストレスなんかたまるもんか」
っ指差して笑いながら言われましたよ。
夫も流石にそれには怒ってましたが、それがまた気に入らなかったようで。

王子の靴一足買うのも口出して、もったいない買わんでええねん!って取り上げてさ。
決定権がなんでアンタにあるんですか。何でワタシがそこで引かなあかんのですか?
ココはアンタの家じゃなくて私たちの家なんですけど?

義妹(でも10は年上)に、もうイヤ!とメールしたところ、慌てて電話がありました。ええええええ!そんなことになってたの、と。
義母がそういう物言いなので、結婚してから却って折り合いが悪くなってしまい(そらそうでしょうな)、義父と義母がケンカしては家事を見るという名目で家に預かっていたものの、甥っ子姪っ子にはすっかり嫌われてしまうほどの口の出しようだったとか。実の娘だからかと思っていたけど、まさかまさかそちらでまでって・・・。それも移動が大変って理由で腰を落ち着けていたくせにぃ!、と
(7・8月に預かっていたのは、好い加減辟易していた義弟の必死の抵抗によるものだったそうです・・・)
それも、好い加減にせなあかんよ、と言ったばかりに電話の一本もしてこなくなったとかで、ワタシに悪いと思いつつ、メールも怖くて出来なかった、と
(ワタシの送ったメールを見た義弟が、ワタシがあまりに可哀相や!と大変お怒りだったそうな・・・)

夫のヒトも一応反省はしてましたが、諦めに近い思いで決めたようなので(同居を迫るならまずは自分のことをどうにかしようよ、ね?)、コレについては日を改めてじっくり話をしないとマズそうだ。
でもまぁ義妹夫婦は味方につけたし、まだ実家もあるし、周りを固めておくとします。

三行半は一旦お預けになりましたが(実母にも、かわいそうに頑張ったなぁ、とひとしきり慰められた後、でもな、アンタが出てったら一家離散やで、そない私らが諌めても、凍死でも何でもするがいいさ!としか思われへんようになって、私らにもそない言えるようになってから考えなさい、今のアンタには酷かも知れんけどもう少しだけ踏ん張りな、ケンカなんかなんやの?イヤがらんとケンカしたらええの、逃げなさんな、三途の川渡るまではイヤでも付き合いあるんやで、と諭されましたが、実母はワタシ以上にお怒りでした。それはそれは静かに。ええ)、暫く手元に置いておきます。こんな紙きれもういらないや、と思えるまでね。

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