2009年08月13日

ばーさまと遠い夏の日の話・その2

それはある年の夏のことだったと思う。

思い出し始めると結構どうでも良いような細かなディテイルまではっきりと思い出してきて、非常にセピアな気持ちになった。音が途切れ途切れの古いテープを眺めているような気分になる。
ワタシの年齢でこうなのだから、おっちゃん連中が多少懐古主義的でも仕方がないのかもなぁと思う。

今夜も、風が強そうだ。
それはいつのことだったか、夏休みの終わりごろか或いは秋口のことだったのか、大型台風がやってくるというニュースをしかつめらしい顔をしたニュースキャスターが読み上げていた。

「伊勢湾台風ルートを通った場合・・・」
と一言読み上げ、画面が切り替わる。TVを背に座っていた母が思わず箸を止めてTVの方へ向き直った。

近畿の真ん中(というか背骨というか)を突き抜けるかのようにほぼ一直線に大阪湾から伊勢湾まで示された矢印。こんなトコ通られたらかなんなぁ、と子ども心に思いながら箸を止める。

その当時の被害状況等をポインタで指しながら記事を読み上げるキャスターの姿(を映したTV画面を、というべきか)を、口に運びかけたビールを卓袱台の上に戻しながら珍しく姿勢を正して食い入るように見つめていた父の姿を横目に、何かあったのかな、と、御飯冷めちゃうけど何か食べにくいなぁと中途半端に持ち上げた箸を卓袱台に置いた。

しばらくそのニュースは続き、伊勢湾台風と室戸台風の「データ」について歳若い視聴者が多少詳しくなった辺りで接近中の台風情報へと切り替わった。
暴風にさらされながらのリポートを眺めつつ、再び晩酌に手をつけ始めた父につられるように伸ばした箸を運ぶ。何を食べていたのかはよく覚えていないが、木製の汁椀があったことは覚えている。
あんな暴風の中立っとって大丈夫なんか?このヒトたちこそ避難するべきなんじゃないのか?とか思いつつ、口をもぐもぐと動かす。
遊園地にあったら面白いかもしれないなーきっと並んででもやっちゃうだろうなー、と、いい歳したオトナが口にしようものなら避難轟々なツッコミを脳内でカマしつつ、箸を動かす。ものすごい風の音で必死に何かを伝えようと口を大きく動かしているリポーターの音声はほぼ全く聞こえず、何だか水槽の向こうで巨大な魚が口をパクパクさせているみたいだった。
ついでにリポーターにも、スタジオからの音声はほとんど聞こえていなかったようだ。さもあらん。

「ともかくすごいことになっていますよ」ということだけはしっかり伝わった現場からの中継が終わり、ちょっと気まずそうな顔をしたキャスターの顔が映ったところで、父が、ぽつ、とつぶやいた。

「お父さんはな、伊勢湾台風を知ってるねんで」

と。

ワタシは箸を止めて父のほうを見た。
実妹もじっと父の顔を見ていた。

18:51│1コマ劇場 | |blogram投票ボタン|日コマ雑記帖